|
≫ホーム≫研究・エッセイ≫研究・エッセイ(青木義道)
「手塚治虫とブラジル」
はじめに
「漫画の神様手塚治虫がブラジルについて描いている。」私はブラジル留学中に知り合った、ロト・ボンバのリーダーでパーカッショニストの金森光平氏から、思いもよらぬ情報を頂いた。その話に大変興味を持った私は、詳しく金森氏にその内容について尋ねた。金森氏によると、それはブラジルという実名は避けているが、南米の一都市としてサンパウロのセントロの光景や日系人についても描かれているということで、私はますますその作品について興味を抱くことになった。真相を自分の目で確かめるべく、私はサンパウロにある東洋人街リベルダージの日系書店をくまなくあたったが、結局その本に巡り合うことはできず終いであった。
そんな私がその幻の作品に出会うことができたのは、それから数ヶ月後の日本に帰国してからのことである。その作品の名は「グリンゴ」といった。
1.手塚治虫「グリンゴ」
"これからはじまる物語は、一切が仮名になっている。もし貴方に興味がおありなら、第一の舞台である商業都市カニヴァリアが、南米の地図のどこに位置するかをお調べいただくのも結構。"
これは「グリンゴ」の冒頭の一節である。グリンゴ(gringo)は、「外人、よそ者」を意味し、差別的な意味合いを含む言葉である。物語は、日本の大手商社江戸商事、新支社長の日本 人の南米赴任から始まる。相撲取りの夢を断念し、サラリーマンとしてがむしゃらに働き現在の地位を掴んだ日本ではあるが、赴任先のカニヴァリア(サンパウロと思われる)で本社の内部抗争に巻き込まれ、南米の小国に左遷されてしまう。根っからの企業戦士である日本は、逆境にもめげず孤軍奮闘するが、その地でもライバル企業やゲリラの紛争などに巻き込まれ、家族を連れてジャングルの奥地に逃げ込むことになる。ジャングルで疲れ果てた日本とその家族は偶然にも南米の日系人集落に迷いこむ。鳥居や神社といった日本を想わせる、懐かしい風景に感動する日本であったが、そこに住む日系人たちは戦後何十年が経過した今でも日本が戦争に負けていないとする、生粋の「勝ち組」の者たちであった。
そんな南米の中の日本で、逆カルチャーショックを受けた日本の身に様々な問題が起こっていく。そして物語は、日本が「勝ち組」集落での自分と家族の居場所をかけて、村の一大イヴェントである相撲大会に参加するところで突如終わることになってしまう。というのも、執筆半ばにして物語の作者である手塚治虫が1989年2月9日に急逝したからである。
2.手塚治虫の描く日本人像
この作品を通して作者手塚治虫が、読者、ひいては全ての日本人に対して「真の日本人とは何か?」を問いかけていることは公然の事実であろう。名前から察せられるように、主人公である日本 人は、我々日本人を代表した存在として描かれている。折りしも、作品が連載されていた時期は1987年から1989年、日本が高度経済成長を遂げ、バブル期を経てまさに真の日本人とは何かを問い直されていた時期であった。主人公の日本は仕事一筋で生きてきた団塊の世代の35歳。彼は背が低くて足の短い典型的な日本人像で描かれている。(眼鏡をかけているのも、仕事一筋でがんばる日本人的な意味を持たせたのかもしれない。)彼の妻は背が高くて美しいモデルのようなフランス人である。そのいかにも不釣合いのような、夫婦を見る周囲の目にコンプレックスを感じながらも、仕事を生き甲斐にひもと日本は生活を送る。相撲、企業社会といったいかにも日本の縦社会で育った日本は典型的な大和魂を持つ男といっていい。
あまりうだつのあがらない主人公、そして、時にさながらブラックジャックに出てくるかのようなドロドロした描写、ストーリー全体を覆うどんよりとしたマイナー調の雰囲気などは、少年たちの永遠のヒーロー「鉄腕アトム」を描いたのと同一人物のものかと目を疑うこともある。が、これもまた、戦後最大の漫画家として今も伝説のごとく語り継がれる大漫画家手塚治虫のすごさと言っていいだろう。
異国(特に第三世界)での外国人に対する日本人の横柄な態度、とは裏腹に、外国における日本人のちっぽけな存在について手塚治虫は、作品中で幾度となく時には痛烈に描いている。加えて、日本人以上に日本的な南米の日系人との出会い、そして逆カルチャーショックについても。
「真の日本人とは何か?」「日本人はこのグローバル化の中で何をすべきか?また、実際我々は何ができるのか?」この漫画を通して読者が、手塚治虫から受け取ったメッセージは重く、そして深い。作者手塚治虫の死後14年以上が経過した今も、我々日本人に課された、言わば永遠のテーマを、手塚治虫はこの「グリンゴ」を通して物語っているような気がしてならない。
私のブラジル留学中にこの作品の存在を教えてくださったロト・ボンバの金森光平氏にこの場をお借りして感謝の意を述べさせていただきます。
BIBLIOGRAFIA(参考文献)
手塚治虫 / グリンゴ(1、2巻) / 小学館文庫 / 1997
2003年12月2日
研究員 青木義道
≫前に戻る ≫ホームへ戻る
|