「台湾日記・Formosa・麗しき島−台北の社会・文化に接して−」
Taiwan, Formosa, Splendid Island: A Consideration of the Taipei Society and Culture

顧問 古畑 稔

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1.旅立ちの経緯

 尼崎武庫川工業団地協同組合(以下、団地又は団地組合と称す)の設立30周年記念行事として、台湾・台北「社会・文化」の触れ合いの旅に参加した。台湾・台北は、文化と芸術面では故宮博物院、民族・庶民の素顔は「夜市」に表現されているといえよう。夜市は、まさに民族・庶民の生活文化の表現であり、疲れを癒し、明日の活力を創りだす憩いの空間であるといえるのではないかと思う。
 台湾・台北の旅は、「故宮、夜市」と触れ合うことにあり、故宮博物院は、中国歴代皇帝が収集したコレクションを中心に、中国文化・美術遺産70万点を収蔵する世界四大博物館の一つである。国内旅行の行程と時間的にもさぼど変わらない台北にあり、中国の歴史と文化をより深く知るためにも観る価値があると思う。

2.旅の第一日

 団長・関西段ボール工業社長の岩金孝司氏以下、組合員23名(内、男性9人)は、平成14年9月の残暑この上なく厳しい早秋に台湾に旅立つため、関西国際空港に集結し和食料理店において結団式、団地組合職員・永穂百々子さんから参加者一人ひとりの紹介の後、旅行会社添乗員・大嶌聖喜氏より旅の日程の再確認が行われ、台湾に旅立ちの準備は整った。関西国際空港日本時間11時15分発のキャセイ・パシフイック航空にて空路、台湾・台北に旅立った。事前に心配された台風の影響もなく快晴であり、機中では参加者の会話も弾んだ。時折、眼下の海に浮かぶ島々に想いをはせ、参加者の話は着陸体制に入る近くまで続いた。台湾・Formosa・麗しき島(美しい島)が、前方下方にかすかに見えてきた。降下につれて、東海(東シナ海)の碧き色、肥沃そうで黒ずんでみえる海岸線は、日本の東北地方の空港に降りる時に幾度となく接した光景と同じように見えた。美しいとは、そのものの固有・生来のものかと思った。台湾の海岸線の土の色は白くなく、田んぼの土の色のように黒ずんで見えた。美しい自然が残っている。キャセイ・パシフイック航空は、3時間近くのフライトの後、台北中正国際空港に定刻とおりに着陸した。
 団長・岩金孝司氏より、台湾の旅の目的と統一行動の遵守、及び明るく楽しく行きましょうとの挨拶があった。台湾の旅に慣れた団長を先導に、団長(団長をパパ・パパと呼ぶ)の愛娘・留美さんが続く。団長の杖は美しく、その杖さばきはさっそうとして、団長の格好良さを一段と引き立てるものであった。出迎えの観光専用バスに乗り込み、台北市内へと向かった。観光専用バスは大型でボディーが高く、綺麗で非常にゆったりとしていた。ガイドは、黄さんという女性、2泊3日一緒であった。黄さんの自己紹介の後の一声は、「パスポートは、身に付け紛失しないこと。命の次に大事です」とのことであった。「水は飲むな、お茶にしてください」とのことであった。そして人は左、車は右であった。最終日、台北中正国際空港で彼女と別れ帰国するまで何度となく聞かされたが、上手な日本語のガイドでした。
 往路・機中の参加者の表情は、この団地の構成企業が異業種の集合組織であり、その企業文化・哲学そしてアイデンティティの異なることもあり、また参加者の期待と想いもあってかその表情は多様で、機中の空間には疲れもなく、屈託のない雰囲気が漂っていた。私の機内の席は、主翼の見える窓際で、苅田建設工業会長の苅田光徳氏の隣席であった。苅田氏は、団地設立に参加し理事長を歴任するなど、団地運営に貢献された方である。私の台湾の旅は、苅田氏の企業家人生と団地への想いを、拝聴させていただくことから始まった。苅田氏は、団地の歴史の生き字引きのような人である。参加者・男性9人、いずれも会社の幹部の方である。女性14人は奏効の夫人が多く、楽しい3日間の旅の始まりであった。

(謝辞)本稿を作成するに際しては、下記の方々に多大なるご指導をいただいた。感謝の言葉を述べる次第である。

  宮崎正憲 (尼崎武庫川工業団地協同組合・事務局長)
  苅田光徳 (苅田建設工業株式会社・会長)
  安田文彦 (安田金属株式会社・社 長)
  伊賀静男 (安田金属株式会社・副社長)
  田所清克 (京都外国語大学教授、ブラジル民族文化研究センター主幹)

 

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