3.わがふるさとにやしありて

 わがふるさとに やしありて サビアひた啼く その影に―――に始まり―――な召しそ神よ 我が魂(たま)を ふるさとにわが帰るなく サビアひた啼く かのやしに また逢うこともあらずして―――に終わる五節の詩。題名『カンソン・デ・エジーリオ(流離の歌)』は、ブラジルの国民歌謡と称されるほど、百年あまりもこの国の人達に愛唱されてきた。筆者の恩師の美しい日本語訳は、ブラジル在住の中高年層の同胞で、五節全部はともかく、前記の部分を、熱い望郷の念を込めて口ずさんだ人は多い。ちなみにこの原詩には二十を越える曲が付されている。
 まだ二十歳のゴンサルヴェス・ディアスは、遊学先のポルトガル、コインブラの街の冷たい石畳にたたずんで、故郷、北ブラジルを恋う傷心の痛み耐えやらぬままにこの詩を書いた。サビアはつぐみの種類の小鳥で、筆者も旅の先々でその美しい鳴き声を耳にした。
 ディアスは官命を帯びて三度ポルトガルを訪れた。生来病弱の彼は三度目の出張で著しく体調をくずした。フランスの老朽船ヴィユ・ド・ブローニュ号で帰国することとなったが、生まれ故郷マラニャン州ギマランエスの沖で荒らしのために船は沈んだ。激しい風雨の中で暗い地平線に、故郷のあのやしの林を見、サビアの美しいさえずりを幻に聞いたかも―――1860年11月、ゴンサルヴェス・ディアス、享年32歳であった。

主幹 田所清克

 

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