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5.続・ビッショ宝くじ
前回に挙げたビッショの絵入り入場券を買ったとて、動物園に入りオカメインコとにらめっこしたり、カバの口にパン屑を放り込んだりして抽選の時間を待つことはない。家の神棚に入場券を安置して、どうぞこの袋の中の券に今日の当たりくじのビッショが書いてありますようにと、ひたすら祈願してもかまわぬ。ただ、うちにいては抽選の定刻になっても、その日の当たりくじのビッショが動物園の掲示板に張り出されるのが見えぬだけである。神様はお忙しくて人間の賭事などにかまってはおれまい。どこにいようと、掲示板のと、自分が持っている券が同じ絵だと、入場料金の20倍の賞金が当たる。この宝くじは、リオにとどまらず全国に拡大、闇の大胴元支配の巨大な機構を生じ、抽選予報の新聞記事に大衆が一喜一憂するといった自体の招来を恐れて、当局のビッショ禁止令が出される始末となった。1893年(明治25年)のことである。法の忠実な遵守番であるブラジル人のビッショ宝くじ対策は果たし如何に。手元の文献はもはや古文書化し、現況を知る用にはたたぬ。
この動物園の宝くじ全盛のある頃、ドゥルモンド男爵が馬に乗り町中を散歩していると、おかみさん連中が集まってきて口々に、「今日のビッショ、何が出ますの?」。園長はにやにやしながら、「そうじゃのう、今日はわしの股っくらの間のモノでも出すか」。「まあ、いやらしい、園長さんったら!」。その日の午後の動物園の掲示板に張り出された宝くじの絵は、馬であった。
主幹 田所清克
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