「ブラジル学(ブラジル文学・ブラジル民族文化論)」

 私はこれまで、ポルトガル言語圏、わけてもブラジルを対象に据えて、この国の文化や社会の研究に取り組んでまいりました。これらの研究を通じて、ブラジルという国をトータルに理解・認識したいという私なりの眼目がありますので、専門領域はおのずと学問横断(学際)的な性格の、それも人文・社会科学中心にした≪ブラジル学≫とでも言えるようなものかもしれません。しかし、この私流の≪ブラジル学≫のバックボーンなり拠り所となっているのは、主として文学や民族地理学の視座からの地域研究もしくはカルチュラル・スタディーズです。
 多様な民族集団によって成り立つブラジルの社会と文化を、通時・共時の両面から分析・考究しながら、国民性や国民の基盤たるナショナル・アイデンティティー、さらには、個々の民族がもつ民族性などの追究こそが、過去から現在、そして未来へとつながる私の一貫した研究課題です。
 いわばこの包括的な研究の一翼を担うものとして、過去に50点あまりの論考ないしはモノグラフィーを公にしています。その多くが、現地でのフィールドリサーチや巡検に基づくものですが、大まかに言ってそれは二つに分類されます。一つは文学そのものに属するもの、もう一つは、民族地理学か文化地理学に近いジャンルのものです。 前者の例としては、ブラジル文学の二大エポックメーキングにあたるロマン主義および近代主義の特質、思想などを論じた「ブラジル浪漫主義の思想と主題」、「ブラジル地方主義文学の伝統」、「ブラジル北東部の文化および文学地図」や、ナショナリズムとの連関において、脱植民地化の過程を文学から論じた「脱植民地化の歴史としてのブラジル文学」などがあります。
 翻って、後者に属するものには、ブラジル諸問題研究とも接合した内容のものを含めて、例えば、「貧困の居住地理学―ブラジルの自然発生集落に関する研究」、「ブラジルにおける黒人問題のヒストリオグラフィー」、「ブラジルの黒人集団―文化地理学的研究」、「ブラジル先住民族問題の諸相― indianismo と indigenismo の間で」、「植民期ブラジルのユダヤ人―セファルディ系ユダヤ人の役割と影響―」、「リオのカーニバル」等があげられます。
 上記の≪ブラジル諸問題研究≫も私の主たる研究対象の一角を成すもので、環境問題の立場から、パンタナル地域(大湿原)を考察したものや、社会的不平等に起因する教育の貧困の問題を扱ったものはその一例です。今後もこの方面の視圏を拡げ、研究のより一層の深化を図る考えです。
 将来私が意図する研究の中で、一つは、これまで参画した≪酒をめぐる地域間比較研究≫(国立民族学博物館 代表:吉田集而教授)での知見や成果を踏まえて、自身のブラジルの飲酒文化に関する研究を進展させること。加えて、その研究対象を食文化の域にまで拡大させながら、個々の民族集団のそれを食物史から読み解きつつ、ブラジル文化の独自性の問題に光を当てることです。
 二つ目は、環境保護の視点から書かれたネイチャーライティング、いわゆる環境文学のごときものがありますが、これをブラジル文学の中に探し求め、その特質を明らかにする作業です。更に、ブラジルの文学を社会史や民族誌の視角から俯瞰するのも、将来の優先すべき課題になりそうです。これらの研究と並行して、文学作品の翻訳のみならず、昨年上梓した『ブラジル文学事典』のような啓蒙的なブラジル文化・社会研究関連の書物を世に問いながら、ブラジル学の展開・発展に邁進したい所存です。

主幹 田所清克

 

前に戻る ≫ホームへ戻る