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3.預言者の活動と滅亡預言
池田裕氏『旧約聖書の世界』(三省堂、1982年)を読むと、旧約聖書の「雅歌」が判りやすく紹介されています。雅歌はヘブライ語で「歌の中の歌」(シ−ル・ハシ−リ−ム)と呼ばれますが、この恋愛詩を読むと、古代ヘブライ人のおおらかな恋愛感情が理解できます。どの世界でも恋人たちの純粋な気持ちは変わらないという点で、私たち日本人にとっても親しみやすい文学作品です。しかし、そのイメ−ジと一神教の間に大きな隔たりがあると感じるのは、私だけでしょうか。
実際、モ−セの提唱した一神教の思想は、当時の民衆にとっても難しいものであったようです。モ−セはエジプトを脱出し、アブラハムが居住した族長の地に再び立つわけですが、十戒が与えられた後で、一部のグル−プが「金の子牛」の礼拝を要求して反乱を起こした、旧約聖書は伝えています。江戸時代の日本人のように、古代ヘブライ人は鎖国をしていたわけではありません。古代ヘブライ人は、古代オリエントの周辺諸民族との絶えざる接触を余儀なくされました。古代オリエントの諸民族は多神教の世界に生きており、その豊饒神の思想と偶像・女神崇拝は多くの民衆を魅了していました。モ−セ以来の一神教にとって、それは危険な要素であり、多神教の存在を民衆の頭から消し去るために「厳罰・戒律主義」の色彩を強くしていきます。現代風にいえば、ミスを犯せば必罰の管理手法であり、中国古代の法家の思想と似ているといえるかもしれません。
古代ヘブライ人は「ダビデ・ソロモンの治世」に統一王国をつくり、全盛時代を迎えます。当時、隣国のフェニキアより渡来した多神教が支配者階級で人気を博し、民衆も同様に厳しい一神教の教えから離れがちになっていました。J.H.ティゲイ教授の『あなたは私に対して他の神々を持ってはならない:ヘブライ語碑文に照らしてみたイスラエルの宗教』(スカラ−ズ・プレス、1986年)という英語の本によると、当時の民衆の名前に興味深い事実が残っています。当時の民衆は、自分の名前の中に帰依する神の名を盛り込む風習(神名要素)がありましたが、モ−セ以来の一神ヤ−ウェの短縮形「ヤ」の他にも、多神教の神々「バアル」「ホルス」「シャマシュ」「ヤム」という事例も結構見つかります。当時の民衆の唯一神信仰は依然として曖昧であり、こうした社会状況の中で、預言者の活動が始まりました。預言者については旧約聖書の中でも有名な存在であり、エリヤから三大預言者(イザヤ・エレミヤ・エゼキエル)まで多くの紹介文献が有ります。最近でも、雨宮慧『旧約聖書の預言者たち』(NHKライブラリ−65、1997年)というポ−タブルな紹介書が有りますので参考にしてください。
預言者は「予言者」ではありません。ここが肝心な点で、預言者はあくまで「神の言葉を預かり、民衆に伝えるミディアム(媒体)」でした。超能力者ではなく、一神ヤ−ウェの使者として理解することが重要です。預言者は神の救いの前提として、背教した社会に対して痛烈な批判を行い、「悔い改めよ、そうせざれば、神罰として外敵があらわれ、国は滅び去るであろう」という「滅亡預言」を語ります。その思想的背景には「罪と罰」の発想があり、ドストエフスキ−の著作を持ちだすまでもなく、人間の罪を厳しく攻撃し反省をせまるものでした。神は慈愛に満ちた存在ではなく、必要とすれば愛の鞭をふるう、いわば「怒れる神」として民衆に向き合ったのです。そこから、旧約聖書独特の「審判と救済史観」
(Heilsgeschichte) が生まれてきました。
ステップ1 繁栄
ステップ2 背教
ステップ3 苦難(外敵の侵入) 神の怒りと神罰
ステップ4 祈りと改心
ステップ5 神の救い(救助者としての英雄の登場)
ステップ6 再びの繁栄
ステップ7 再びの背教
幸福で繁栄した時代には、厳しい言葉をふるう預言者がなかなか社会に認められなかったのも事実です。暗殺計画、故郷逃亡、国家滅亡、敵対する民衆、偽預言者との対決、そして孤独な死を迎えたエレミヤの生涯は、その典型といえるのではないでしょうか。しかし、エレミヤの死後、国家が滅亡して、古代へブライ人は外国に強制移住させられました(バビロニア捕囚)。この時期に抑圧された民衆の精神的指導者として預言者の社会的役割がクロ−ズ・アップされ、「審判と救済史観」の再評価、それと共に一神教の思想が民衆レベルにまで次第に浸透していきました。バビロニア捕囚の後、ペルシア時代になって帰国を許されることになりますが、故国を失ってから実に半世紀もの月日が経過していました。帰国後も苦闘が続きました。古代ヘブライ人からユダヤ人という意識変化も、この苦難の時代に起こったと考えられています。
こうして、モ−セ以来の唯一神信仰は「ユダヤ教」という直接の継承者を得ることになります。バビロニア捕囚の際、他民族との同化を防ぐために、強固な民族的宗教的共同体となった古代ヘブライ人=ユダヤ人は、結社的な排他主義を故国に持ちかえりました。それは、従来よりも戒律主義を強め、ストイックな側面を色濃くにじませていました。
主任研究員 古畑正富
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